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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)29号 判決 1996年12月19日

福岡県福岡市博多区綱場町5番18-601号

原告

長末光正

同訴訟代理人弁理士

鈴木正次

同弁護士

佐藤成雄

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

秋元正義

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第7428号事件について平成7年12月18日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成元年12月4日、別紙記載のとおり、「ゆりかもめ」及び「百合鴎」を二段に横書きしてなる商標(以下「本願商標」という。)につき、指定商品を商標法施行令(平成3年政令第299号による改正前のもの)別表第30類「菓子、パン」として商標登録出願(商願平1-137483号)をしたところ、平成4年3月28日拒絶査定の送達を受けたので、同年4月24日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成4年審判第7428号事件として審理した結果、平成7年12月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成8年2月7日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

(1)  本願商標の構成、指定商品及び登録出願日は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、登録第1788478号商標(以下「引用商標」という。)は、「ゆりかごめ」の文字を縦書きしてなり、昭和58年6月30日に登録出願、第30類「菓子、パン」を指定商品として、昭和60年7月29日に設定登録、その後、平成7年7月28日に商標権存続期間の更新がなされたものである。

(3)<1>  よって判断するに、本願商標は、上記のとおり「ゆりかもめ」、「百合鴎」の文字構成からなるものであるから、該構成文字に相応して「ユリカメモ」の称呼、「百合鴎」の観念が生ずるものである。

<2>  他方、引用商標は、構成文字の「ゆりかごめ」の文字に相応し「ユリカゴメ」の称呼を生ずるものであり、その文字構成からすれば、何らの意味合いも想起し得ないものというべきであるから、特定の観念を有しない造語よりなるものとみるのが相当である。

<3>  そこで、本願商標から生ずる「ユリカモメ」の称呼と引用商標から生ずる「ユリカゴメ」の称呼とを比較すると、両者は、5音構成中第1音から3音までの「ユ」「リ」「カ」及び末尾音の「メ」の計4音を同じくし、第4音において「モ」と「ゴ」の音の相違を有するものである。

<4>  しかして、「モ」の音は「両唇を密閉して有声の気息を鼻腔に通じて発する鼻子音[m]と母音[o]との結合した音節」であり、また、「ゴ」の音は「後舌面を軟口蓋に接し、破裂させて発する有声子音[g]と母音[o]との結合した音節、ただし語頭以外では鼻音[〓o]となることが多い」音である(「広辞苑」参照)から、「ユリカゴメ」の称呼における「ゴ」の音は鼻音となることが多いものといえ、差異音である「モ」と「ゴ」の音は、母音「o」を同じくする上、鼻音として発声される共通性を有するとみることができる。しかも、これらの音は明瞭には聴取し難い中間に位置することからすれば、両商標間における相違点、すなわち、横書きと縦書き等の外観上の相違、百合鴎の観念を生ずるものと何らの意味合いも生じないものという観念上の相違を勘案しても、「ユリカモメ」と「ユリカゴメ」の称呼とは、それぞれ一連に称呼するときには、語調語感が近似し彼此相紛らわしいものと認めざるを得ない。

(4)  してみれば、本願商標と引用商標とは称呼において類似するものであり、かつ、指定商品を同一にするものであるから、結局、本願商標は、商標法4条1項11号に該当し、登録を受けることができない。

3  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、<1>、<3>は認める。<2>のうち、引用商標が「特定の観念を有しない」ことは争い、その余は認める。<4>は争う。同(4)は争う。

審決は、本願商標と引用商標との発音の相違点の認定及び観念上の相違が称呼の類否の判断に与える影響の判断を誤り、指定商品の取引の実情を考慮することなく、類否を判断した結果、本願商標が商標法4条1項11号に該当すると誤った判断をしたものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(取消事由)

(1) 審決は、「モ」の音は「両唇を密閉して有声の気息を鼻腔に通じて発する鼻子音[m]と母音[o]との結合した音節」であり、また、「ゴ」の音は「後舌面を軟口蓋に接し破裂させて発する有声子音[g]と母音[o]との結合した音節、ただし語頭以外では鼻音[〓o]となることが多い」音である(「広辞苑」参照)から、「ユリカゴメ」の称呼における「ゴ」の音は鼻音となることが多いものといえ、差異音である「モ」と「ゴ」の音は、母音「o」を同じくする上、鼻音として発声される共通性を有するとみることができる。しかも、これらの音は明瞭には聴取し難い中間に位置することからすれば、・・・「ユリカモメ」と「ユリカゴメ」の称呼とは、それぞれ一連に称呼するときには、語調語感が近似し彼此相紛らわしい」と判断するが、誤りである。

<1> 本願商標と引用商標との差異音は中間音であるが、共に「カ」音の次に位置しているので、明確に発音される。すなわち、本願商標の「ユリカモメ」を強いて二音節に称呼すれば「ユリ」と「カモメ」に分離される。引用商標の「ユリカゴメ」も、同様に「ユリ」と「カゴメ」に分離される。したがって、中間音とはいっても、「カ」音の次に位置する。そして、「カ」音は、後舌面を軟口蓋に接し破裂させて発する無声子音[k]と母音[a]との結合した音節であるから、引き続いて発声される「モ」や「ゴ」は明確に聴取される。

また、引用商標の「ゴ」は、「カ」の母音[a]の次に発音されるため、一連に称呼しても鼻音にならず、濁音の特性とも相まって明確に聴取される。

少なくとも福岡市内、大阪市内、東京で話したところによると、「ユ、リ、カ、モ、メ」とほぼ平板的に発音され、「モ」は明確に聴取することができた。

したがって、「カモメ」も「カゴメ」も明瞭に発音され、一連に称呼しても彼此相紛れるおそれはない。

<2> 被告は、「ユリカモメ」のごとく、「リカ」にアクセントが置かれて高く発音され、「モ」が低く発音されると主張する。

しかし、この場合、高く発音され、低く発音されるといっても、聴取が難しくなるとか、紛らわしくなるとかいう程ではない。本願商標の場合においては、「カモメ」という固有名詞が強く認識されるが故に、「モ」も明瞭に発音されるのである。

(2) さらに、「ユリカモメ」、「ユリカゴメ」から生ずる観念上の相違が、称呼上の区別を可能にしている。

<1>(a) 百合鴎は、カモメ(鴎)の一種であり、秋に日本各地に飛来する(甲第5号証の3)。後記朝日新聞の記事に出た地域は、京都(鴨川)、藤沢、鎌倉、東京・大森、神奈川、大阪、愛知、千葉、神戸、兵庫、埼玉、宇治、西宮、福岡、大津、岡山、高槻、岐阜等に及んでいる(甲第9号証)。「百合鴎」は、福岡市で「市の鳥」として親しまれている(甲第6号証)。

また、臨海副都心には「ゆりかもめ号」が走っている(甲第7号証)。1996年の「ゆりかもめ号」の利用者は、1日平均6万人であり、1年で2160万人、全部往復客としても1年には1000万人以上の人が利用することになる。しかして、イベントのない日の利用者数は3万9000人だったとあるから、6万人から3万9000人を差し引いた利用者数はイベントを目的に乗車するのである。イベントを目的とする者は東京都内のみならず日本全国から来るものとみられる(甲第12号証)。

「ユリカモメ」は、新聞の見出しとしても度々登場している。一例として、朝日新聞のデータベースを検索したところ、1987年2月14日から1996年8月6日までに見出しとして表されただけでも92回掲載されている(甲第9号証)。1994年12月1日から1995年9月14日まで、京都新聞の小説として「百合鴎」が継続して掲載され、その単行本は1996年7月1日に発行されている(甲第10号証)。他の新聞雑誌等の活字メディアにも、数多く掲載されていると考えられる。

(b) 以上によれば、百合鴎は鴎の一種として取引者、需要者間に広く知られている。

したがって、本願商標の「ユリカモメ」を聞き取った場合は、広く知られた「百合鴎」を自動的にイメージすることになり、あたかも明確に聞いたと同様な作用によって、心に刻みつけ、多少の時間の経過があっても「ユリカゴメ」と相紛らわしくなるおそれはない。換言すれば、連想による記憶又は認識の補償作用により、明確な称呼と同様に受け取るのである。

<2> また、引用商標は、全体としては造語であるが、称呼する場合に「ユリ」と「カゴメ」に無意識に区分し、「ユリ」について「百合」を観念し、「カゴメ」について「籠目」を観念するものと考えるのが最も自然である。したがって、引用商標は造語であっても、観念のない造語ではなく、通常の知識を有する者は「百合籠目」を観念する場合も少なくないと考えられる。

(3) 本願商標の指定商品「菓子」を扱う業界では電話による取引がないので、称呼の類似は問題となりえない。すなわち、菓子は、店舗での直売、問屋を介しての販売、問屋への卸売の場合などがあるが、いずれも商標を付した包装袋、チラシ、カタログなどを媒介物として商品を確認して取引されており、電話(商標を称呼する)取引は皆無である。

宣伝メディアとして、テレビを使用した場合には、商標を目視するので、称呼による間違いを生じるおそれはない。また、宣伝メディアとしてラジオを使用する場合には、称呼のみとなるから仮に間違える場合があったとしても、実際菓子を手に入れるのは小売店又はスーパー等の店頭であるから、商標を目視して買うことになり、万に一つの間違いを生じるおそれもない。

仮に、菓子業界の流通経路において、電話連絡が介入したとしても、納品については、メーカーが当該商標を付した商品を納品し、卸売、小売又は個人が購買するのであるから、間違えるおそれはない。注文の際も、メーカーへの注文は間違えるおそれがない。何故ならば、メーカーが商標権者であるからであり、注文者はメーカーと商標を確認するからである。卸が介在する場合には、小売から卸売への注文において、その卸がたまたま「ゆりかもめ」と「ゆりかごめ」の両商品を扱っていた場合に、小売業者が電話注文すれば、紛らわしさが発生する可能性がある。しかしながら、実際取引に際し、新規取引者間では電話のみで取引を開始することは考えられないから、仮に称呼上近似していても間違えるおそれはない。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1、2は認め、同3は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の違法はない。

2  反論

(1)<1>  本願商標と引用商標との類否の判断において最も重要な点は、本願商標より生ずる「ユリカモメ」の称呼と引用商標より生ずる「ユリカゴメ」の称呼とがその全体の称呼において相紛らわしく近似した印象を与えるか否かにあるというべきであるところ、両称呼がこれを一連に称呼するときにはよどみなく称呼され得るものであることは、両商標の構成にかんがみ明らかである。

そして、両称呼の差異である「モ」と「ゴ」の音とても、母音[o]を同じくする上、鼻音として発音される共通性を有するものであり(乙第3号証参照)、加えて、該差異音は語の中間に位置するため、必ずしもその差異を明確には聴取し難いものであるから、該差異が称呼の全体に及ぼす影響は大きなものとみることはできない。

原告は、相違音「モ」と「ゴ」が共に「カ」音の次に位置しているから明瞭に発音されると主張するが、相違音「モ」と「ゴ」が共に「カ」音の次に位置しているということは、相違音の前音である「カ」の子音[k]が発声時に力が入り、かつ、これを聴取する際にも強く響く音であることから、これに続く「モ」及び「ゴ」の音は相対的に弱く聴取されるものである。

さらに、本願商標を構成する「ユリカモメ」の語の一般的なアクセントは、「ユリカモメ」(「〓」の部分にアクセントが置かれて発音され、「〓」の次の音が下がって発音される。)であって、「リカ」の部分が高く発音され、それに続く「モ」は低く発音されるものであるから、この点からみても、本願商標より生ずる「ユリカモメ」の称呼における「モ」の音は、「カ」音より低く発音されることにより、むしろ弱く聴取されるものといえる。

<2>  原告は、「ゴ」の[g]は鼻子音ではない等と主張するが、濁音であるガ行音でも、一般に語頭以外では鼻音として発音されるものであるし(乙第2号証参照)、「日本語発音アクセント事典改訂新版」(乙第1号証)においても、ガ行音は、語頭では破裂音の[g]で発音されるが、それ以外は、鼻音の[〓]で発音される旨記載され、その例として「カゴ(加護)」が挙げられている。以上によれば、引用商標より生ずる称呼「ユリカゴメ」中の「ゴ」の音は、語中に位置することにより鼻音化し、該「ゴ」の音は鼻音[〓o]として把握されるものとみるのが相当である。

原告は、福岡市内等での通話の聴取状況を根拠として、相紛れるおそれはないと主張するが、商標の称呼による実際の商品取引において取引者、需要者が本願商標及び引用商標をどのように発音するかは、一般世人の通常の発音方法によって判断されるべきであって、数少ない通話をもって商標の称呼についての一般的経験則が否定されるべきではない。

(2)<1>  本願商標は「百合鴎」の観念を有する。そして、原告主張の報道等によれば、鳥の「百合鴎」又は交通機関の「ゆりかもめ号」が一般にある程度関心が持たれ得る状況にあったことをうかがうことができる。しかし、上記報道等は、「百合鴎」というかもめが如何なる色、形象、性質のかもめであるかを具体的に紹介したものではないから、必ずしも一般の取引者、需要者がこれらの記事によって「百合鴎」か如何なる鴎であるか、その固有の特徴、イメージが具体的に把握され、理解され得たものと断定することはできないものである。もとより、「百合鴎」は、「鶏」、「烏」、「雀」のごとく身近に存在し、日常頻繁に目に触れる鳥でないことはいうまでもなく明らかである。したがって、本願商標の有する観念は、必ずしも特定し難いものであるから、本願及び引用両商標の類否判断に当たって、観念の差異が称呼の認識に与える影響は少ないものといわなければならない。

<2>  引用商標は特定の観念を有しない造語よりなるものとみるのが相当である。原告は、引用商標から「百合籠目」を観念する場合も少なくない旨主張する。しかしながら、引用商標「ゆりかごめ」は、「百合籠目」又は「百合 籠目」の漢字よりなるものではなく平仮名で書されたものであり、かつ、その構成は「ゆり」と「かごめ」の間に間隔を設けることなく構成上一体不可分に表されており、構成文字数も5文字であって冗長というほどのものではない。したがって、該平仮名文字に接する取引者、需要者は、これを容易に一連の語として把握し、かつ、よどみなく平易に称呼し得るものである。そうとすれば、引用商標は、造語よりなるものであって、これを、殊更に「ゆり」(百合)と「かごめ」(籠目)のごとく分離して「百合籠目」を観念させるという主張は、引用商標の構成上の特徴に留意しない主張であって、かかる観察は自然な観察方法ということはできない。さらに、原告のいう「百合」と「籠目」とを結合させたとしても、「百合籠目」からは親しまれた特定の観念を生ずるものではないから、引用商標「ゆりかごめ」を無理に分断した上「かごめ」の文字部分を捉えて「籠目、籠目」の遊戯を思い出す場合も少なくないという主張も、引用商標の文字構成からみて不自然であり、商標より生ずる自然の称呼、観念とはいい難いので、この点に関する原告の主張もまた根拠がなく妥当なものとはいえない。

<3>  しかして、前記(1)で述べたとおり、本願商標と引用商標とは、その称呼における類似性が極めて強いものであるから、引用商標より生ずる「ユリカゴメ」の称呼に接した者は、必ずしも本願商標より生ずる「百合鴎」の観念の働きによって、両者の称呼上の差異を正確に把握し認識するとは限らず、これを「ユリカモメ」のごとく聞き違えることも決して少なくないものといわなければならない。すなわち、上記程度の観念上の相違によっては、直ちに本願商標と引用商標とが、称呼を通じての取引に際し、その取引者、需要者に相紛れることなく、別個の商標として識別されるものとみるべきではない。

(3)  菓子業界における流通経路は、原告主張のメーカー(商標権者)と卸売、小売又は個人間の取引のみに限られるわけではなく、広く卸、問屋取引が含まれることは当然であって、隔地間取引においてはなおさら電話等の口頭による取引が頻繁になされるものであることはいうまでもないことである。

また、マスメディアの発達している現在においては、活字媒体である新聞、雑誌に限らず、音声・映像の複合媒体であるテレビ、ラジオによる広告、宣伝が大々的に行われているのが実情であり、これは菓子・パンの商品についても例外となるものではない。したがって、これらの広告、宣伝に接した一般消費者は、音声を媒体とする記憶に残った商標より生ずる称呼を頼りに商品を購入することは決して少なくないものというのが相当である。

(4)  以上の事情を総合勘案してみるならば、本願商標と引用商標とは、その外観、観念に差異があることを考慮の上、菓子業界における一般的取引の実情に即して判断しても、「ユリカモメ」と「ユリカゴメ」の称呼とをそれぞれ一連に称呼するときには、両者の語調語感が近似し、彼此相紛らわしいものとなることを否定し得ないから、両商標は称呼上類似するものであり、結局、本願商標は、商標法4条1項11号に該当し、登録することができないものである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(1)(本願商標の構成、指定商品及び登録出願日)及び(2)(引用商標の構成、指定商品、登録出願日、登録日等)は、当事者間に争いがない。

2  原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  審決の理由の要点(3)<1>(本願商標から生ずる称呼、観念)、<2>(引用商標から生ずる称呼、観念)のうち、引用商標が「特定の観念を有しない」ことを除く事実、<3>(第4音以外の一致)は、当事者間に争いがない。

(2)<1>  本願商標と引用商標は、いずれも5音からなるものであるから、一連に称呼するときは、いずれもよどみなく称呼されるものと認められる。

そして、乙第3号証によれば、本願商標中の「モ」の音は、両唇を密閉した有声の気息を鼻腔に通じて発する鼻子音[m]と母音[o]との結合した音節であることが認められる。これに対し、乙第2号証によれば、「ゴ」の音は、「後舌面を軟口蓋に接し破裂させて発する有声子音〔g〕と母音〔o〕との結合した音節」であり、「ただし、語頭以外では鼻音〔〓o〕となることが多い」音であることが認められ、乙第1号証によれば、「共通語のガ行音は、・・・語頭では、破裂音の〔g〕で発音されるが、それ以外では、・・・鼻音の〔〓〕で発音される」(129頁右欄下から3行ないし130頁左欄7行)ことが認められ、これらによれば、引用商標中の「ゴ」の音は、鼻音となることが多いと認められる。そうすると、本願商標中の「モ」と引用商標中の「ゴ」の音は、母音[o]を同じくする上、鼻音として発音される共通性を有すると認められる。

さらに、これらの音は、明瞭に聴取し難いと認められる中間に位置する上、乙第1号証(932頁右欄)によれば、「ユリカモメ」の語の一般的なアクセントは、「リカ」の部分が高く発音され、それに続く「モ」は低く発音されるものであり、「モ」の音は「カ」音より低く発音されることにより、弱く聴取されるものと認められる。

以上によれば、引用商標から生ずる「ユリカゴメ」の第4音が「ゴ」と濁音であることを考慮しても、本願商標と引用商標とは、一連に称呼するとき、語調語感が極めて近似し、相紛らわしいものであると認められる。

<2>  原告は、引用商標中の「ゴ」の[g]は有声子音であって鼻子音ではないと主張するが、乙第1号証によって認められる鼻音に発音する場合の例外に当たる場合(131頁左欄9行ないし133頁右欄4行)とは認められないから、この点の原告の主張は採用できない。

さらに、原告は、本願商標中の「モ」と引用商標中の「ゴ」は、共に「カ」音の次に位置しているので、明確に発音され聴取されるとか、少なくとも福岡市内等で話したところによると、「モ」は明確に聴取することができた等と主張するが、上記に説示したところに照らし、採用できない。

(3)  次に、観念上の相違が称呼の認識に与える影響について検討する。

<1>  本願商標からは、鴎の一種である「百合鴎」の観念が生ずることは、前記(1)に説示のとおりである。

そして、甲第5号証の3、第6、第7号証、第9、第10号証、第12号証によれば、請求の原因3(2)<1>(a)の事実(百合鴎の飛来、臨海副都心の「ゆりかもめ号」、新聞報道等)が認められる。これらの事実によれば、百合鴎は鴎の一種として取引者、需要者間に広く知られていると認められる。

被告は、本願商標の有する観念は、必ずしも特定し難いものであるから、本願及び引用両商標の類否判断に当たって、観念の差異が称呼の認識に与える影響は少ない旨主張するが、上記認定の事実及び「百合鴎」が広く知られた「カモメ」をその表音中に含むことにかんがみれば、百合鴎がどのような色、形をしているかどうか等の詳細はともかく、鴎の一種である程度のことは、広く知られているものと認められるから、被告のこの点の主張は採用できない。

<2>  次に、仮に、原告主張のように、引用商標中の「ユリ」は、花の一種である百合を、「カゴメ」は、遊戯の一種である「籠目」を、それぞれ想起させ、引用商標の「ユリカゴメ」を聴取する者に「百合」と「籠目」の結合したものとの語感を抱かせる余地があるとしても、「百合籠目」全体としては、特定の意味を有するものではないし、また、「籠目」も現在では日常広く使用される言葉とまでは認められず、「ゆりかごめ」は、漢字よりなるものではなく、構成上一体不可分に表されており、構成文字数も5文字であって冗長というほどのものではないことを勘案すると、上記語感が称呼の極めて類似した本願商標と引用商標との区別に寄与する程度はさほど高いものではないと認められる。

<3>  確かに、原告主張のとおり、一般に、2つの商標が称呼の類似するものであっても、各商標の有する観念が異なり、しかも、それぞれの観念が明確であればあるほど、聞き間違われる場合が少なくなるものと解される。

しかしながら、上記(2)で説示したとおり、本願商標と引用商標とは称呼における類似性が極めて強いものであるから、上記<1>、<2>に説示の本願商標が「百合鴎」との観念を生じ、引用商標が前記のとおり「百合」と「籠目」との結合したものとの語感を与える余地があることを考慮しても、特に「ユリカゴメ」を聴取する者がこれを「ユリカモメ」と聞き違えることが十分予想されるものである。

したがって、原告主張の観念上の相違によって本願及び引用両商標が取引者、需要者に別個の商標として区別されるものと認めることはできず、この点の原告の主張は採用できない。

(4)  さらに、原告は、菓子業界では電話による取引がないので、称呼類似は問題となりえないとか、商標権者であるメーカーが聞き違えることはないとか、小売段階でも実際商標を目視して買うから、万に一つの間違いを生じるおそれはない旨主張し、甲第8号証(原告本人作成の陳述書)中には、これに沿う記載がある。

甲第8号証中の「称呼にて問われた場合、屋号・チラシコード・バーコード等を確認の上の販売取引になります。」、「又、問屋に卸売する場合、現在では、全てファクシミリ通信による発注書(バーコード、商標記載書面)にての販売取引となります。商標単独で電話取引する場合はありません。」との記載も、既に取引関係が確立した業者間における日常の注文の形態を示すものとは認められるとしても、それだけから、宣伝等で知った商品名に基づき商品を初めて注文しようとする際における称呼の重要性を否定することはできないといわなければならない。

また、小売段階では、実際に手に取って商品を確認した上購入するとしても、ラジオによる広告、宣伝に接した一般消費者は、音声を媒体として記憶に残った商標より生ずる称呼を頼りに商品を購入するものと認められるから、そもそも紛らわしい称呼により間違って記憶した場合には、小売店で実際に手に取って購入するとの点は出所の混同の防止に意味がない。

したがって、菓子、パンの一般的取引の実情を根拠に本願商標と引用商標とが類似しないという原告の主張は、理由がない。

(5)  そして、前記1に説示のとおり、本願商標と引用商標とは、指定商品を同一にするものである。

(6)  したがって、本願商標は商標法4条1項11号に該当し、登録することができないとした審決の認定、判断に誤りはない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙<省略>

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